| (1) | 釘貫亨 「喉音三行弁」と近世仮名遣い論の展開 全文 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 1-12 |
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キーワード:三内説、五音、開合、軽重、おを所属弁 要旨 |
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| (2) | 長崎靖子 江戸語の終助詞「さ」の機能に関する一考察 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 13-26 |
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キーワード:江戸語の終助詞「さ」、丁寧、断定、「さ」の断定機能、分析的傾向 要旨 |
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| (3) |
柳田征司
書評
大塚光信著 『抄物きりしたん資料私注』 全文 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 27-32 |
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一、はじめに 『私注』なる書名に戸惑う人もいるかも知れない。本書が、抄物きりしたん資料の資料性を解明した論文と、両資料を中心として中世日本語について論じた論文とからなるからである。しかし、抄物ときりしたん資料とを統合し、語学の立場から注釈史上に金字塔を打ち立てた『キリシタン版エソポのハブラス私注』(臨川書店 一九八三・三)『コリャードさんげ録私注』(同前 一九八五・一○)と一体となって、中世日本語研究資料と中世日本語とを精緻にそして壮大に把捉していることに想到すると、著者の意図はよく理解できるはずである。 |
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| (4) |
国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 33-33 |
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平成九年十月十八日 山形大学 〈午前の部〉 |
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| (5) |
油井恵
日本語文章における連想のレトリックについて 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 33-33 |
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本発表では、日本語文章の特徴の一つ「起承転結」形の文章構造のレトリックについて、認知言語学におけるカテゴリーの視点から考察を試みた。 まず、一時的必要や目的に応じて作られるアドホックカテゴリーは、その対象の一般的な特徴ではなく、通常とは異なる視点でその属性情報を取り出すことによって出来上がることが多い。また、カテゴリー化は「もの」のみに適用されるのではなく、様々な現象などに対しても行われる。それを踏まえると、「転」での話題転換は、何の根拠もない思いつきによるものではなく、それまで論じていたテーマと何らかの相通ずる性質を介在させた「連想」による転換であり、アドホックカテゴリーが作られたことによるものと考えることができる。 |
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| (6) |
江嶋健吾
文章の表層情報を利用した日本語指示詞の 同定方式--マニュアルの文章を中心に-- 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 33-34 |
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本研究では、日本語指示詞の文脈指示的用法のうち、コ系列とソ系列の基本的な同定方法について考察を行った。本研究の主な特徴として、指示系列の同定規準に文章の持つ表層の情報を主として利用していること、語用的要素による影響の少ない言語資料を観察対象にし、各指示系列の本質的な振る舞いを考察していることが挙げられる。 資料にはマニュアル 注1を中心に取り上げ、コ系列とソ系列の出現の振る舞いと、それらを含む文章の構造との関係を観察した。この言語資料の有益な特徴は、語用論的要因によらない本質的な同定方法が用いられ、同時に文章構造の取得が容易であることと言える。文章の構造については、全体を階層構造として捉え、役割に基づいて簡略的に大きな二つの要素に分類した。実際の文章として出現する部分に含まれる情報である「文章内要素」、文章の階層構造においてノードとして確立されている情報の「構造内要素」の二つである。 |
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| (7) |
藤原浩史
平安和文における敬語動詞の意味構造--「聞し召す」 「聞き給ふ」・「御覧ず」「見給ふ」の比較から-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 34-35 |
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平安和文資料には、動詞の主体尊敬の形式に、「動詞+給ふ」型の文法的敬語形式と、尊敬語動詞を使用する語彙的敬語形式とがある。従来、両形式の差違はもっぱら敬意段階について論じられてきたが、截然たる相違点が発見されていない。それは、両形式が意味的に等価であるとする前提に問題があるからである。本発表は、代表的な主体尊敬の敬語動詞である「聞し召す」「御覧ず」をとりあげ、対応する文法的敬語形式と比較して意味上の差違を明らかにするものである。 |
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| (8) |
間淵洋子
格助詞の意味拡張に関する一考察 --デ格を中心として-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 35-35 |
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本発表では、格助詞「で」の適時的調査によって用法発達の様相を示し、格助詞の多義性を考える上での「拡張関係」という観点の可能性を示した。 調査は室町期から現代に至る口語的資料を対象とし、各時代における用法の分布傾向など、デ格の諸相を観察した上で、その発達に関わる要因を検討した。 |
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| (9) |
竹林一志
助詞「は」の一用法について--「東京は神田の生まれ だ」型表現の特徴-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 35-36 |
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本発表では、「東京は神田の生まれだ」型表現における「は」の用法について考察した。 同表現について従来問題とされてきたのは、主に「は」の前項の主題性についてであった。この点に関して、松下(一九三○)・菅野(一九六四)・大野(一九七八)の「主題説」と青木(一九九二)・野田(一九九六)の「非主題説」という二つの立場がある。前者は「は」の前項を「主題」と見る立場であり、後者は「は」の前項を「主題」ではないとする立場である。本発表では、尾上(一九九五)で提示された「典型的な題目の諸要件」を尺度として「は」の前項の主題性を考察し、「非主題説」がより妥当であるという結論を得た。 |
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| (10) |
梅森佳子
「どうも」の分析--異文化理解へ向けて-- 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 37-37 |
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「どうも」という表現は、日常において非常に幅広い用いられ方をする。これは、日本人にとっては便利な言葉である一方、外国人にすれば、その時どんな意味で用いられているのかが分かりにくい表現ということになる。本発表では、このような状況を可能にする「どうも」という表現を言語学的に分析した。 「どうも〜ない」という場合、「どうも」は |
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| (11) |
土屋菜穂子
感動詞の分類--対話コーパスを資料として-- 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 37-38 |
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本発表では、対話コーパスを用いて、その中で出てきた感動詞「あ」「ああ」・「ふうん」「へえ」「ほう」・「はい」「はあ」「ええ」「うん」・「いいえ」「いえ」「いや」について、これらをあ系感動詞、ふうん系感動詞、はい系感動詞、いいえ系感動詞と分類し、この分類ごとの基本的機能を考察した。具体的な方法は、各感動詞と共起するソウ形コメントを全データから取り出し、各感動詞がどのような形のコメントと共起できるかを観察した上でその機能を考察するというものである。ソウ形コメントは、最後に疑問の終助詞「か」がつくもの(「そうか」「そうですか」「そうでございますか」など)、「のだ」のモダリティをもつもの(「そうなの」「そうなんだ」「そうなんだよ」など)、「そう」「そうだ」「そうです」「そうでした」「そうでございます」に終助詞「よ」 |
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| (12) |
河本雅一
理由表現と条件表現の差異に関する一考察 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 38-39 |
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一、従属節の真実性について。条件節が不確実または非現実の事態を表し、理由節が確実または実現済の事態を表すとは限らない。本論では、理由節と条件節の違いはそれが表す事態への話者の真偽判定の有無そのものであると考える。カラ節はそれが表す命題に対して常になんらかの真偽判定を行い、ナラ節ではその命題に対して一切の真偽判定を行わないとする。これは文の階層構造においてカラ節は判断のレベルにあり、ナラ節は命題のレベルにあることを意味する。 |
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| (13) |
加藤良徳
定家仮名遣再考 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 39-39 |
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(目的) 従来の「定家仮名遣」研究は、行阿の『仮名文字遣』成立以降を専ら考察の対象としており、藤原定家以降『仮名文字遣』成立以前については考えられていない。本発表においては、定家以降、行阿の『仮名文字遣』が成立するまでの時期を考察の対象とし、この時期においては、「仮名遣」のみでなく、「異体文字遣」(私に【 |
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| (14) |
中澤信幸
『古今韻会挙要』と日遠--一七世紀初頭の〈法華経字音 学〉と〈韻書〉-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 39-40 |
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日遠『法華経随音句』(元和六年(一六二○)成、寛永二○年〈一六四三〉刊、以下『随音句』)では、法華経の字音を定める根拠として『古今韻会挙要』(元・熊忠著、一二九七年成、以下『韻会挙要』)が重用されていた。本発表ではその理由について考察した。 『韻会挙要』は各字音の反切に〈七音〉と〈清濁〉が明示されるという等韻学的手法が採用されていることが特徴であり、『韻鏡』等の韻図がなくとも〈七音清濁〉が簡単にわかるようになっている。また諸典籍からの豊富な引用があるのも特徴の一つである。 |
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| (15) |
笹原宏之
元禄十四年刊『俗字正誤鈔』における漢字規範意識 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 40-41 |
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さまざまな文字資料が生み出された元禄時代において、漢字に関する規範意識にはどのようなものがあったのかを具体的に知るために、新出資料である元禄十四年刊『俗字正誤鈔』(東京大学国語研究室所蔵)の分析を行った。 同書の編者は、巷間の看板や『庭訓往来』などの資料から「俗字」を中心とする用例を転記した上で、その字体、用法、表記(計約四○○例)について、 |
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| (16) |
釘貫亨
「喉音三行弁」と近世仮名遣い論の展開 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 41-41 |
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本集に論文として掲載したので省略する。 |
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| (17) |
小林賢章
暁とその周辺 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 41-41 |
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暁は「日付変更点である丑の刻から曙・東雲のころまでをさす」(『源語釈泉』)とされてきた。しかし、少なくとも平安時代の日付変更点は丑の刻と寅の刻との間にあり、しののめなどよりやや後の時刻をさすと考えられるあさぼらけを暁が含んでいると考えられる用例があることから、暁の定義は、寅の刻から夜明け前までと変更されなければならない。また、夜もすがらが過ぎて、暁がくるという用例が、平安時代文学に多数存在することを考えると、夜もすがらの範囲は暁の前までとなる。夜もすがらは、「よ-も-すがら」の複合語であり、夜の間中の意味であるから、暁の前までを夜と平安時代人は意識していたことになる。また暁は明くという語と「あくれば某日の暁」という形でよく組み合わして使用される。明かすという語は「夜を明かす」というかたちでよく使用される。ところが、寅の刻は、こんにちの午前三時からにあたる。たとえ夏至のころでも午前三時はいまだ真暗である。それを暁と意識したり、午前三時をさして明くや明かすという語が使用されたのには、当時の日付け変更意識が背後にあったと考えられる。このことが言えると、明け方、明けぐれ、有明など明けを含む語の意味に大きな変更が必要となり、しいては平安文学の読みにも大きな影響を与えると考えられる。また、今夜は丑の刻までをさして使用される語という私の主張もより意味をますと考える。なお「夜中」は、暁との問にいくぶんかの時間を持つ表現であるという主張は肯定されるが、子の刻と過不足なく対応する語かどうかにはいくぶんかの疑問がある。 |
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| (18) |
上原聡
三河地方方言に残る連体形準体法--標準語の「の」 に相当するもの-- 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 42-42 |
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三河地方方言には標準語の「だろう」に相当する推量の助動詞が「だら」と「ら」(それぞれ地域、年代による異形もある)の二形存在し、どちらも「明日は晴れる[だら/ら]。」のように(同一の)活用語に接続しうる。本研究はこの二つの助動詞の機能の差について、まず三河方言母語話者の会話録音にあらわれた両推量形を田野村(一九九○)の「(の)だろう」の用法の三分類に従って分類分けし、その全例において「だら」と「ら」がそれぞれ標準語の「のだろう」と「だろう」に対応することを検証した。 |
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| (19) |
諸星美智直
東海地方に伝存する吟味控類とその言語 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 42-42 |
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近世の東海地方は駿河の幕領、尾張の名古屋藩領をはじめとする大小の大名・旗本領が混在していたが、村々に生じた争論・訴訟の内には支配が異なるため代表者が江戸へ赴き幕府の寺社奉行等の吟味を受ける事例があり、同地方の地方文書群の中に、吟味席における状況が口語的要素の多い文体で綴られた吟味控類がごく稀に伝わっている。そこで、これら文書における言語の特色について検討したところ、まず、指定の助動詞は、「仲井用水出入一件控」(静岡県袋井市)「藻草一件新処村と掛合并三給共始末之控」(静岡県湖西市)「御白洲始末書」(愛知県豊橋市)「伊川津村字津江村網一件御裁許」(愛知県渥美町)における吟味する側の寺社奉行・吟味物調役等の発言中には、「相手方者承ル通リたがとふだ」(御白洲、土屋采女正の言葉)の如くダが多用されるが、例外的に「鷺蔵出入諸事書留帳」(愛知県安城市)の評定所留役佐久間留八はジャを多用し、また、尾張領内の村落間の論争で美濃太田代官所等において吟味が行われた「送木宿村水論一件」(岐阜県御嵩町)では同所の役人や農民同士の会話文中で「すんなら甚左衛門サ頼てハとうしや」の如くジャを多用している。また、資料の口語性にも拠るが、打消の助動詞ナイや動詞のロ語尾命令形の例は、旗本である吟味物調役の江戸語的語法が反映していると考えられ、待遇表現に関してはオレ・オラ/御前方・ワイラ等の口語的な代名詞も見られる。これら文書類の記録者は東海地方の訴訟に関わった村々の農民層と推測されるが、江戸の大名・旗本の言語の一端を窺える資料として貴重である。なお、同一支配の領内における訴訟の場合にはその領主の支配機構内の部局の吟味者や農民の言語を反映して「送木宿村水論一件」の如くサ変動詞の一段的な終止連体形セルや「人がよひて方が付ぬ」に見られる原因理由の助詞デなどの方言的要素が多く認められる吟味記録が存在する。 |
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荒川清秀
ロプシャイト英華字典の訳語の来源をめぐつて --地理学用語を中心に-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 43-43 |
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報告者はかつて荒川(一九八七)「訳語『熱帯』の起源をめぐつて」(『日本語学』二月号)において、従来中国において日本製漢語とみなされてきた「熱帯」がロプシャイトの英華字典に存在し、さらにそれがアレニやリッチたちイエズス会宣教師たちの著作に遡れることを指摘した。しかし、十九世紀以降に来華したプロテスタント宣教師たちの著作を調査したところ、ロプシャイトはその地理学用語の多くを、直接には後者の著作、すなわち先行するモリソン、ウイリアムス、メドハーストの辞書や地理学書、とりわけミュアヘッドの『地理全志』からとっていることがわかった。同時に、「半島」のようにロプシャイト以前の日本側資料すなわち堀達之助の『英和対訳袖珍辞書』にも存在するものがあることがわかった。那須雅之氏の調査では、ロプシャイトは日本に来て、堀にメドハーストの辞書を送るとともに、堀の辞書をも購入していることが明らかにされている。したがって、ロプシャイト辞典にあれば中国製漢語であるというこれまでの通説は疑ってかかる必要が出てきた。しかし、地理学用語について堀とロプシャイトの字典を対照した結果、堀の影響はそれほど大きくないということがわかった。ロプシャイトはその訳語の多くを先行する洋学書に負っているし、訳者の選択はかなり意識的に行われていたのである。 |
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| (21) |
尾崎喜光
待遇表現としての機能負担量の地域差 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 43-44 |
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従来の待遇表現行動研究の研究パラダイムの主流は、場面と表現形式の分布パタンを論じることにあった。 ここで改めて、ある表現形式がそもそも待遇表現として機能しているのはいかなる原理に基づくものであるかを考えると、それは場面による使用頻度にバラツキがあること、すなわち、ある場面で使用頻度が高くなるとともに、他の場面では使用頻度が低くなり、結果として使用頻度に場面による〈幅〉が出ることにあると言える。このことが、その表現形式を待遇表現として機能させる重要なポイントとなる。 |
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| (22) |
岸江信介
「猫」にハル敬語はおかしいか--京都方言における 動態調査結果から-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 44-44 |
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関西地方の中央部では素材敬語(尊敬語)としてハルが多用される。京都と大阪ではハルの使用頻度において明らかな有意差があることを指摘したことがあるが、京都と大阪の使用頻度の差が一体何によるものなのか、これまで十分に説明することができなかった。ただ、京都の場合には大阪では普段用いられることがないハルの用法が観察されること、そしてこの用法ではハルは明らかに尊敬語としては用いられていないということは明らかであった。尊敬語として用いられていないとなると、 |
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花薗悟
「〜したい」形式のモダリティ度 --「希望文」の認定をめぐつて-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 44-45 |
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(目的)最近なされている文のタイプの提案の中で、伝統的な「平叙文」「疑問文」「命令文」などと並んで取り立てられる「希望文」(まちのぞみ文、希求文)について、これがひとつの文タイプとして取り立てられる特質を持つのかを検証する。 (論証)「〜したい」形式が基本形・文末で持つ人称制限(「 |
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野林靖彦
ヨウダ・ラシイ・ソウダが表す意味--婉曲・様態・ 推定・伝聞をめぐつて-- 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 45-46 |
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モダリティ形式のヨウダ・ラシイ・ソウダは、婉曲・様態・推定・伝聞といった一連の用法をめぐつて連続的に用いられるが、その用いられ方は錯綜しているため、各形式の弁別は容易でない。本発表では、この三形式にΦ(=ゼロの形式。モダリティ形式の付かない形。確言形)を加え、これらが用いられる状況の重なりとずれ(類似と差異)を記述した。 これによって、三つのモダリティ形式+Φが用いられる連続的な状況を、以下のような五つの“有意味”な範疇の連関として捉えることができた。 |
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| (25) |
松田真希子
アスペクチュアリティーを規定する副詞について --「既に」「次第に」「ずっと」 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 46-46 |
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従来、アスペクチュアリティーを規定する副詞の研究は、意味的な分析が中心であった。本発表では、数的な共起現象と質的な呼応との間に相関関係があるという前提のもとに、用例を収集し、語の構文的条件の相違を調べることで、これらの副詞が述語のアスペクチュアリティーの様々なレベルと呼応していることを、「既に」「次第に」「ずっと」を例に以下のように論証した。 一、動詞との共起関係(限界動詞/非限界動詞) |
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| (26) |
丁意祥
持ち主の受身の細分化をめぐつて 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 46-47 |
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従来、次の、(1)、(3)のように「XガYニZヲ〜ラレル(←YガXノZヲ〜スル)」といった表面構造をもついわゆる持ち主の受身は、直接受身と間接受身の中間的な存在とされてきた。 (1)花子は犯人に首を絞められた。←(2)犯人が花子の首を絞めた。 |
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| (27) |
佐藤琢三
自動詞ナルと計算的推論 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 47-47 |
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本集に論文として掲載したので省略する。 |
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| (28) |
国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 48-48 |
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平成九年十一月十五日 愛媛大学 〈午前の部〉 |
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| (29) |
秋山英治
愛媛県東中予地方アクセントにみられる 「中央式」「讃岐式」の分布とその解釈 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 48-48 |
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愛媛県東中予地方には、「中央式」と「讃岐式」の二種類のアクセントが分布している。中井幸比古氏によれば、その境界は新居浜市の西部(西条市寄り)で、境界の東部には香川県西部から連続して「讃岐式」が分布しており、境界以西には「中央式」が分布していることになる。しかし、その境界は、二拍名詞第三類の境界であり、四拍形容詞や二拍名詞第三類に低接の付属語がついた場合では、それよりやや西にずれ、西条市と新居浜市の間になるようである。名詞・形容詞といった品詞や活用形、後接する付属語によって、境界が揺れているのである。 |
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田中敏生
精神作用と事態関係 --成章『換玉帖』における〈旨・趣〉分析の諸類型-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 48-49 |
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この発表は、富士谷成章の『換玉帖』を取り上げて、そこに見られる〈旨・趣〉分析の類型化を試みるものである。 『換玉帖』は、頓阿の『草庵和歌集』春の部から約百五十首を採って詞書ふうの注を施したものであり、その注は、素材の具象性をすべて捨て去って、一首の抽象的な意味の骨組みだけを抜き出したものである。この骨格的意味のことを、成章は〈旨・趣〉と呼んでいる。それは、彼の想定する和歌の表現過程の機構の中で、「境→旨趣→体→上」といった形で位置づけを受けてもいる。 |
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高橋顕志
『中国・四国言語地図』(ホームページ版)の公開にあた って--研究成果発表の場としてのインターネットホーム ページ-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 49-49 |
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われわれの研究室では、一九九六年十二月二十四日に『中国・四国言語地図』(ホームページ版http://www.ipc.hiroshima-u.ac.jp/~hoogen)をたちあげ、それまでに調査され分布図化された二三九項目の言語地図をインターネット上に公開した(一九九七年七月十五日、九六年度の調査結果七三項目分を追加更新。計三一二項目)。本発表では、おもに方言(旧俚言)語彙の残存のようすを明らかにしようとしておこなっている一連の調査とそのコンピュータ処理の概要、インターネットホームページという研究成果の新しい発表手段について、その現状・功罪について私見を述べる。 |
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磯貝淳一
平安時代後半期の和化漢文資料における 疑問詞疑問文の助字の用法について 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 50-50 |
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和化漢文資料は、通常中国古典の文章には見られない言語上の特色を有するもの、と理解され、国語史学の分野においては、古記録を中心に「対正格漢文」としてのこの資料独自の性格が明らかにされてきた。しかし、近年、研究の目が和化漢文資料内部に向けられ、位相差・文体差などの観点から、和化漢文資料の言語を解明しようとする試みが行われつつある。このような研究が進められることによって、これまでは文章内容や表記形式によって分類されることの多かった和化漢文資料を、言語事象に基づいた分類基準によって体系づけることが可能になると考えられる。このためには、和化漢文資料内部において、どのような差異がどのような広がりにおいて認められるかを明らかにする必要がある。 |
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| (33) |
土居裕美子
平安・鎌倉時代における喧騒を表す語彙 「ゆする」「どよむ」の意味用法 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 50-51 |
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本発表は、平安・鎌倉時代における喧騒を表す語彙「ゆする」「どよむ」の意味用法を検討し、両者の差異と、その史的変化を明らかにすることを目的とする。 〈喧騒を表す語彙〉は、例えば平安時代和文には、動詞「さわぐ」「ののしる」、形容詞「さわがし」「かしかまし」などが見られる。その中で、「ゆする」「どよむ」は、「殿の内ゆすりてののしる」(源氏物語)、「殿の内どよみてののしりたり」(栄花物語)のように、ある場所に多くの人々がおり、そこに喧騒が満ちている様子を表すものとして位置づけられる。そこで、このように同様の文脈の中で用いられることの多い「ゆする」「どよむ」の意味用法について、その喧騒の満ちる場所(範囲)、場面を中心に考察をおこなった。結果は以下の通りである。 |
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| (34) |
関一雄
「代表制的国語史への疑問」を読んで --「文体史」をどう捉えるか-- 全文 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 51-51 |
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馬渕和夫『国語史叢考』(一九九六年)所収の「代表制的国語史への疑問」は、現在の国語史研究のあり方に基本的な問い掛け(疑問)を提起した論文の一である。 著者は、国語史のなかでとりあげられている各時代の言語というのは、すべてその時代のある特定範囲の言語にすぎないとし、その特定範囲の捉え方が精確でなければ、言語の変遷を記述したことにはならないとし、現在の「国語史」を「代表制的国語史」と呼んで、各時代の代表的文献に用いられている言語の相違を述べたものにすぎないと断じられる。 |
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小山敦子
徒然草原形本(藍表紙本)の国語史研究に於ける価値 国語学会平成九年度秋季大会研究発表会発表要旨 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 51-52 |
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藍表紙本が発見されてから五十年もの歳月が無駄に流れた。しかし曲折を経て漸くその複製本が世に出たことを学界の為によろこぶ。現在の段階での見通しをここで振返ってみたい。 結論(一)拙論「徒然草の原形とその成立--新資料大島氏旧蔵・桃園文庫蔵藍表紙本について--」(文学・一九五八・昭和三十三・一月号)は、発見当時東大文学部一年生だった私が、僅か三時間か四時間で調査したもので、その後誰も調査を許された者がなかった。池田亀鑑没後、漸く公表することになった時、もっとよく調べたいとお願いした所、房子夫人(当時不治の病床)は快諾されたが、家政婦のP女が整理未了とやらで、遂にたしかめる術がなく、仕方なく旧稿のまま公表した。未熟の一学生の論文で遺漏や見おとしの有無を何よりも申しわけなく思っていたが、その旨をことわって公表に踏み切った。その時すでに発見後、約十年が無駄に過ぎていた。今回写真複製が刊行されたことを、何よりもうれしく思う。検討した結果、恐れていた見おとしは、結論を大きく変えるようなものはなかったので、学界に対して大きなよろこびとしている。 |
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| (36) | 公開講演会 十一月十六日 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 52-52 |
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日本語アクセント史の諸問題 添田健治郎 敦煌の角筆文献研究の課題 小林芳規 |
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| (37) | 〈新刊紹介〉 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 53-56 |
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中世万葉集研究会編 『三條実隆自筆本『一葉抄』の研究』 |
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| (38) | 小川栄一 延慶本平家物語における文字表記の機能 全文 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 78-65 |
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キーワード:漢字仮名交じり表記、仮名の大字・小字、境界標示機能 要旨 |
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| (39) |
櫻井豪人
『英吉利単語篇』『法朗西単語篇』の底本と 『英仏単語篇注解』の訳語 全文 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 92-79 |
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キーワード:洋学資料、『英吉利単語篇』、『法朗西単語篇』、『英仏単語篇注解』 要旨 |
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| (40) |
井上優・
日本語と中国語の省略疑問文 「αハ?」「α呢?」 |
第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 106-93 |
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キーワード:文脈依存・状況依存、対応づけ、対比、個体の現状把握、指示対象の不確 定性 |
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| (41) | 佐藤琢三 自動詞ナルと計算的推論 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 118-107 |
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キーワード:「非変化」のナル、計算的推論、推論世界、多義性、メタファー 要旨 |
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| (42) | 小林英樹 複合による他動化 全文 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 130-119 |
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キーワード:複合、他動化、動名詞、語彙概念構造 要旨 |
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| (43) | 徳川宗賢 「学会運営についてのアンケート」(於山形大会)の集計概要報告 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 131-133 |
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○、山形大会を利用して標記のアンケートを実施し、百五十二通の回答がありました。ありがとうございました。回答者は首都圏四四・七%、関西圏二一・七%、その他二八・九%、無回答四・六%でした。地域的な会員の全体像を大略反映しているといえます。在会五年未満一八・四%、十年まで二一・一%、二十年まで二六・三%、二十年以上二九・六%、無回答四・六%だったので、年齢層的には、ベテランの回答がやや多めだったかと思われます。若い人たちは、どう答えるべきか見当がつけにくかったのかもしれません。 |
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| (44) | 国語学会・国立国語研究所 『日本語研究文献総索引』の試験公開について | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 135-134 |
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はじめに 国語学会が創立40周年を記念すべく計画し、1984年以来、国語学会と国立国語研究所との共同事業として、多くの国語学会員(以下学会員)と国立国語研究所員が力を注いできた国語学研究文献総索引作成事業では、まず1989年に『日本語研究文献目録 雑誌編 フロッピー版』 (注1)が出版され、書誌データが公開された。 |
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| (45) | 会務報告 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 136-137 |
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◎理事会(平成九年度第五回) 日時 平成九年十二月七日(日)午後五時〜午後七時 |
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| (46) | 『国語学』編集委員会 テーマ特集号の論文募集 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 141-141 |
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本誌では、今回「国語史研究の方向」というテーマによる特集号を企画し、依頼論文を予定する一方、広く一般会員の投稿を募ることに致しました。その要領は次の通りです。 テーマ 国語史研究の方向 |
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| (47) | 山口佳紀) 編集後記 全文 | 第百九十二集 平成十年三月三十一日(1998) 141-141 |
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◆上欄に記しましたように、今回、テーマ特集号の発行を企画しました。特集号は一般に依頼論文を予定することになりますが、学会誌は投稿論文を一つでも多く載せるべきものであり、依頼論文に頼るべきではないという意見もあります。それはそれでよく分かりますが、特集号方式にも、また無視できないメリットがあると思います。 ◆第一に、一つのテーマを集中的に取り上げることにより、問題を深め、学界にある種の刺激を与えることが期待できることです。第二に、投稿論文の筆者は新進・若手に偏りがちで、中堅以上の投稿が少ないという現実に対する対策としての意味があります。もとより新進・若手の投稿が多いこと自体は嬉しいことです。しかし、中堅・大家の手になる円熟・該博の論考をも誌上に迎えたいと思うのは、編集委員会のメンバーだけではないでしょう。特集号を設けたいという動機は、そんなところにあります。 |
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